勉強っていいですよね。
勉強とは自分の知らないことを知ること。
勉強をすることによって知識の幅が広がり、考え方やその後の人生が大きく変わったりします。
人生とは常に勉強です。
どんなに知識をつけようと、どんなにたくさんの本を読もうと、自分が知らないことは世の中に数えきれないほど存在します。
なので勉強することによってそれをすでに知っている人から学び、自分の知識の幅を高めていくことが人生の醍醐味かもしれません。
さて、そんな僕は勉強が好きかどうかと問われれば迷わずこう答えます。
嫌いです。
というわけで初っ端から言っていることに矛盾を抱えながら
今日は”勉強”について思うことを書いていきます
この記事を読んでいる人の中には勉強が好きだという人も少なくないかもしれません。
勉強が嫌いな僕が言うのも変な話ですが、
勉強嫌いな人がこのような記事に目を通すことはあまり考えられないからです笑
世間では勉強と聞くと、つまらなくてきついものだと考える人は多くいます。
その理由は多くの場合、自分の興味がないことの勉強を強いられているからです。
自分の興味があることを勉強するのを嫌う人は多分いません。
映画が好きな人は映画を一日中観ても苦ではないかもしれませんし、好きなキャストや監督の情報を誰よりも早く取り入れてるかもしれません。
パソコンをいじるのが好きな人は一日中プログラミングをやっても苦ではないかもしれませんし、最新のソフトウェアの知識を得るために調べ続けるかもしれません。
誰かに言われたり授業や単位の為とかでなくとも、自分から情報を調べたり、
図書館で本を探したりすることは間違いなく自分がやりたいからやっていることに違いないはずです。
たとえそれが会社や学校、周りの人間から評価されるものでなかったとしても、
新しい情報を手に入れ知識の幅を増やしている以上、“勉強”の範囲内であることには変わりありません。
僕は上に書いた通り、勉強は基本嫌いです。
なぜなら世間でいう勉強にはどうしても自分の興味のないもの、自分がやりたくないものが付随してくるからです。
まぁとりあえず今はこの話は置いておいておいて、
一応僕は興味があること限定であれば勉強するのは好きです。
好きなことはだいぶ調べます笑
しかし勉強するにあたって注意しなければいけないことはタイトルにもある通り、
勉強する意義を間違っているとおもしろくない人間になる
ってことです。
世の中には勉強が嫌いな人がいる一方、
勉強大好き人間がいます。
つまり勉強をして知識をつけることで自分を伸ばそうとするのが好きな人です。
では本当に勉強をたくさんすることが自分を伸ばすことになるのでしょうか?
答えはNOです。無駄にドイツ語でいうとNeinです。
ここに疑問を持った人はもしかすると勉強の意義を間違えてしまっているかもしれません。
勉強とは存在する情報を学ぶことです。
ではその既に存在する情報はどこから生まれたのでしょうか?
それは先人たちの挑戦からです。
長い歴史をかけて先人たちが幾度となく挑戦し、失敗し、頭を捻らせ、ようやく辿り着いた成功の感動と達成感と共に生まれてきたものが
僕たちが現在、本や教科書から学ぶ既に存在する情報です。
僕たちが如何に多くの本を読み、勉強し、知識をつけたとしても
それによって得られる成長は先人たちのおかげです。
言ってしまえば先人たちにおんぶに抱っこ状態です。
今の人類の知りうる全ての情報が10だと考えてみましょう。
ただ勉強するだけではどんなに勉強しても、たとえ世界中の全ての本を読んだとしても、
絶対値であるこの10の情報量を超えることはありません。
僕も含めて一般人だとアクセスできる情報は多分5にも満たないと考えると、
一般人がどんなに勉強したところで自分の成長できる情報量は5が限界ってことです。
でもこの絶対値である10を超える簡単な方法があります。
それが今までにない新しい情報を生み出すことです。
昔の記事で鍼灸師には想像力と創造力が必要だと書きました。

流派や今ある理論に拘らず、自分の理論を生み出すことの重要性を書いた記事です。
これも要は勉強ばっかりするのはやめようよってことですね笑
もちろんこれは鍼灸師だけではありません。
勉強の存在意義とは自身の成長のためではなく、成長するための材料集めです。
世界中の全ての人間が勉強で得た知識を材料にして、新しいことを生み出していけばもっと面白い世界になると思います。
既存の情報だけを信じ、得た情報だけを信じて生きている人間ほど
話していて退屈な人間はいません。
勉強をし続ける人間は教科書やマニュアルに縛られてる人間です。
なので自分の世界の全てである教科書の教えに反する人間を見ると距離を置いたり、下に見たり、その人をバカにしたりするかもしれません。
でも最初はマニュアルに反していたとしてもそれが人の関心を呼び、いずれ新しい情報として確立するかもしれません。
そうなればその人は人類の情報絶対値である10の範囲を押し広げたことになります。
結果的にはずっと教科書通りにやってた先人おんぶに抱っこ人間よりも
一人の自立した人間として成長したということです。
教科書から学ぶことよりも、教科書を作る方が一人の人間としては重要です。
皆が皆お互い新しいことを生み出し続ければ、そこに生まれるのは
批判よりも議論だと思います。
考える力のない人間から発せられる中身のない批判は足を引っ張るだけですが、
違う考えを持つ者同士の議論は大いに価値があります。
違う考えを尊重して議論し合える、そんな世界を作るためにも
勉強ばかりして満足する面白くない人間が少しでも減って欲しい
と思っています。
こんなに偉そうに言った以上、僕も教科書人間にならないように頑張ります笑