海外の鍼灸事情:鍼をする前の皮膚消毒はいらない?

海外で鍼灸をしていると日本との違いに驚くことは少なくありません。

施術をしている国の法律文化歴史的背景などから手技だけでなく様々な面で違いが現れます。

 

 

鍼灸師という仕事をする上で避けては通れないものが衛生管理です。

技術以前にそこがしっかりと出来ていない限り、患者にリスクを負わせてしまうため施術者失格です。

 

海外と日本との違いで驚くものの一つに

海外の多くの国では刺鍼前の皮膚消毒はしないというものがあります。

 

日本ではどの学校やクリニックでも刺鍼の前後には綿花で消毒を施すよう義務付けられています。

僕も日本にいた時には消毒をしていましたが、海外に馴染んでいる現在では完全にそのプロセスが頭から消えています笑

 

実は海外では刺鍼前の皮膚消毒は意味のないもの

むしろ危険性の高まる行為だと考えられています。

 

一体どちらの認識が正しいのでしょうか?



実は根拠のなかった皮膚消毒

鍼灸の学校に入ると一年次の学校の実技授業で一番最初に鍼の扱い方を習うはずです。

 

その時に習うプロセスは

1.手洗い

2.手指消毒

3.刺入部位の消毒

4.刺入

5.鍼を抜いた後の消毒

と大まかに言えばこのように習うはずです。

 

それを三年間から四年間当たり前のように毎日続けるため、学校を卒業する頃には

このプロセスを踏まないと感染の危険性があると考えてしまいます。

 

しかし海外の多くの国では上の太線で書いてある

刺入部位の消毒抜刺後の消毒はあまり行われません。

 

それもそのはず、実はこの行為に感染症を防ぐのに効果的だという根拠はないのです。

 

 

国によっては日本と同じようなプロセスで皮膚消毒を行う国もあるかもしれません。

しかし僕が知るところ、イギリスやドイツなどのヨーロッパ諸国、アメリカやカナダ、オーストラリアやニュージーランドなどある程度医療水準が発展している国では皮膚の消毒は行わないことが推奨されています。

 

 

アメリカ、メリーランド州にあるCCAOM(Council of Colleges of Acupuncture and Oriental Medicine)が定める、クリーンニードルテクニック (Clean needle technique)という刺鍼を安全に行うためのガイドラインがあります。

以前は皮膚の消毒もその基準内容に含まれていましたが、根拠のなさとリスクが高まるという研究結果から2015年の改正で取り払われました。

 

なので現在の鍼灸師の間では

刺入前の皮膚消毒はむしろ危険なものだという認識があります。

 

海外で鍼灸を受けた時に、鍼灸師に皮膚の消毒をされずに鍼を打たれたとしても不安に思わないで大丈夫です。

しっかりと安全面を考えられている上で行われていることです。

 

消毒が危険な理由1:イソプロパノール

皮膚を消毒しないことに科学的な根拠がないとしても、皮膚を消毒しないほうがいいとはならないのではないか。

と思われるかもしれません。

しかし先ほど書いた通り、刺入前の皮膚消毒には様々なリスクがあります。

まずは患者だけでなく、施術者にも影響があるものが消毒液の成分です。

 

 

消毒液は基本エタノールですが、消毒液の中に入っているのはエタノールだけではありません。

消毒用エタノールと調べてもらえればすぐに出てきますが、その消毒液は70~80%ほどがエタノールで、

その他に2-プロパノール、もしくはイソプロパノールと呼ばれる化学薬品が含まれています。

 

エタノールと同程度の殺菌効果を持っているため消毒液に含まれているイソプロパノールですが、エタノールとは違い酒税がかからないため安価です。

イソプロパノールが含まれている理由は消毒用エタノールに酒税がかかるを回避するための措置です。

 

このイソプロパノール、化学薬品であるため人体とは馴染みが良くありません。

もともとは医療器具や、CD・DVDなどを消毒するためのものなので当然です。

 

 

毎日の治療で揮発する時に出るガスを吸い続ける施術者への危険性と、

それをじかに受ける患者の皮膚への刺激については様々な研究成果があります。

 

根拠のない皮膚消毒のために確定しているリスクを冒すべきかを考えれば皮膚消毒をしないという選択肢も頷けます。

 

特に美容鍼の時に敏感で、粘膜や呼吸器のある患者の顔に消毒をするなんてのはもっての他という事です。

 

(追記:知人からイソプロパノールを含まないエタノールで消毒を行っている方もいるとの情報をいただきました。

飲用ができる以上、やはり酒税がかかってしまうそうなのでコスト的には高くなってしまいますが、そちらの方が人体には優しい消毒ができると思われます)

 

消毒が危険な理由2:皮膚のマイクロフローラ層を壊す

当たり前ですが人体には初めから感染症を防ぐための機能が備わっています。

もしもそうでなければ山登り中に木の枝でかすり傷を作っただけで一大事です。

ツバつけとけなんてレベルではなくヘリ出動レベルです。

 

表皮の上にはマイクロフローラという常在菌が存在しており、そのマイクロフローラが作り出す層があります。

いわゆる菌が宿主を守るためのバリアです。

 

あまりなじみのない言葉かもしれませんが、英語でmicrofloraと探せばたくさんの情報が出てきます。

日本語でマイクロフローラと探すと基本的に出てくるのはみなさんにお馴染み、腸内細菌です。

 

細菌が腸の働きを整えるというもはもはや常識ですよね。

そのため納豆や、ヨーグルトなどが身体に良い効果をもたらすと考えられているのです。

 

生物はあらゆる細菌に助けられて生きているというのは認知されている一方、

皮膚上の細菌がいかに大事かということについては注目されていません。

 

鍼を刺す前に患者の皮膚をマニュアル通り、一方行に円を描くように2~3回しっかりと消毒すれば

そこにいるマイクロフローラさん達がどうなるか誰でも見当がつきます。

 

身体にバリアを貼って、外敵から宿主(患者の身体)を守ろうと働く彼らの層を破壊することになります。

皮膚の消毒は根拠がなくても、確認されている細菌の有用性をそぎ落とすことによって

むしろ感染の危険性が高まるという結論が生まれています。

 

消毒が危険な理由3:殺す病原菌とほぼ同じだけ病原菌を動かす

最後は根拠のない皮膚消毒自体の疑問で、

綿花を使って患部を拭くことに病原菌を取り除く作用があるのかという点です。

皮膚をアルコールのついた綿花で拭いたところで、幾らかの病原菌は除去できてもそれらを完全に除去することはできません。

 

鍼灸の研究ではないですが、皮膚を拭くことでアルコール綿花についている病原菌が広げられる危険性が示唆されています。

それとアルコールが揮発するまで約30秒待つ必要がありますが、その間に病原菌が拭いた部位に再び付着するという可能性も挙げられています。

 

2001年に発表された論文の『Skin disinfection and acupuncture』ではそれを考え、

生物を完全に消毒を行うのは不可能という主張がされています。

 

もしもそうであれば生物が本来持つ皮膚の天然のバリアを壊すことになる皮膚消毒は

ただ危険性の増す行為と考えられても仕方ないことです。

 

こんな時は消毒しよう!

皮膚消毒に関して様々な危険性があることを書いてきましたが、場合によってはそれが推奨される時もあります。

 

まずは刺入部位が土や砂、水分などで汚れている時です。

そのような時には刺入部位を適度に綺麗にする必要があります。

 

あとは筋肉や関節部位に深く鍼を刺入する場合は消毒を考慮します。

ただ刺すだけならいりませんが、ドライニードリングのように激しい刺激を与えるのであれば消毒を行った方が良い場合もあるようです。

 

鍼灸のような細い鍼でこれだけ議論を呼んでいるのでそれよりももっと太い鍼だと余計注意が必要になります。

今でも議論の真っ只中ですが、注射を行う際には消毒が推奨されます。

鍼灸師であれば、瀉血の時に使うような注射針や、三稜鍼の時には消毒を行った方が無難かと思われます。

 

上記のいずれの場合でも消毒を行う際には患者の了承を得てポピドンヨードを使うことが推奨されます。

人体に害のある通常の消毒液よりも安全です。

 



終わりに

今回は日本と海外の鍼灸現場の違いということで真逆とも捉えられる皮膚消毒について書いていきました。

 

長い間議論行われ、ある程度研究結果が出ていたとしても、

それが実際の現場に変化を与えるまでは時間がかかるものです。

 

鍼灸のような髪の毛より細い鍼では感染の危険性は少ないため既に多くの国で変化が出ていますが、病院などでは注射を行う際には消毒を行うのがやはり主流なようです。

しかしここにも変化が出てくるのは時間の問題であると思われます。

 

 

今回調べていた印象だと、まだ日本では皮膚消毒が主流だと思います(もう制度が変わっていたらごめんなさい笑)。

日本ではまだ皮膚消毒の認識に対して大きな議論には上がっていないよう感じられるので、

あとは海外の鍼灸師の認識の傍、日本の鍼灸師の認識はどう変わるかですね。

 

 

参考:

  1. CCAOM Position Paper on Skin Preparation:
    • The CCAOM supports the position that the skin should be clean prior to acupuncture needle insertion, but that cleaning the skin with an antiseptic is not necessarily essential to prevent infection
  2. Risks of Isopropyl Alcohol
  3. Skin Microbes Protect Against Infection
  4. Skin disinfection and acupuncture.
  5. 2-プロパノール-wikipedia






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「海外の鍼灸事情:鍼をする前の皮膚消毒はいらない?」への4件のフィードバック

  1. Mayumi Suzuki

    鍼灸学校の一年生ですが、近くに住むドイツ人の鍼灸師も同じ事をおっしゃいました。
    医学の世界は日進月歩、特に日本人は異常なほどの奇麗好き・・・消毒して貰わないと気持ちが悪い方もいらっしゃると思うのでポピドンヨードでの消毒にいつかは変わっていくのでしょうか?色々と考えさせられました。

    1. Mayumi Suzukiさん、
      コメントありがとうございます。
      当たり前の常識を見直すことはいつも大事ですよね。他の国と比べた時にある違いは一体どこから生まれるのか考えると非常に勉強になります!

  2. 少し前の投稿ですが、オーストラリアも入っていたのでコメントさせていただきます。(最初fbに投稿しましたが、fbでなくこちらに残します)

    オーストラリアの大病院の入院病棟では「インシュリンなどの皮下注射の前の消毒は病院によってポリシーが大きく違い、消毒必須の病院もありますし、今は行われていない病院もあります。
    オーストラリアの鍼灸業界、私が行ったことがある複数の学生クリニックでは刺鍼前に消毒してましたが、おそらくは筋肉まで深めに鍼を打っているからかもしれません。

    鍼灸師を統括するChinese Medicine Board of AustraliaはHutin et al (2003) WHO系のリサーチデータを並べて、見た目汚れていなければ消毒する必要はない、もし消毒することを選ぶなら乾くまで待ってから、見た目汚れていたり、マッサージの後などでオイルがついていたりしたら消毒しなければならない、という言い回しです。

    それと、日本では普通に打っている消毒用アルコール、オーストラリアでは市販されてません。消毒用スワッブは売ってます。最近日本の影響を受けてかどうか、オーストラリア人の抗菌意識が高まっているところで(ハンドサニタイザーを使うのが当たり前になってきた)、鍼灸で消毒しないようになるというのは変な感じです。ほとんどの鍼灸師は消毒してますね。でもほんとのところ、感染予防で大事なのは患部の消毒よりも断然施術者の手指洗浄・消毒です!!オーストラリアの医療現場、ひどいですもん。

    代替医療系クリニックは手洗い以外にも、クライアント用に置いてある飲み水、エコを大事にするので使い捨てプラスチックカップでなくグラスで、スタッフの適当な手洗いで使いまわし。海外だから良い、進んでるとは到底思えないです。(私はオーストラリアが大好きで住んでるわけではないので嫌な面もたくさん見えちゃいます・・・)

    1. よしさん、貴重な情報をありがとうございます!
      オーストラリアについて言及したのは、オーストラリアで鍼灸と漢方のPhDを取得したニュージーランド人の方が僕の周りに2名ほどおり、彼らに伺ったことを参考にしました。NZでも同様に日本のアルコールではなくスワッブで売ってありますね。しかし見たところ日本の消毒用エタノールとさほど変わらない成分構成の様です。

      僕の認識としては最近は消毒に対しての危険性を訴える意見の方が増えているように思います。しかしそれらも実際はまだ科学的に確定したことではないので明確に線引きすることはできません。なのでどちらが進んでるか遅れているではなく、日本の解釈と海外の解釈では大きな違いがあると思ったのでこのような記事を書きました。
      実際に皮膚消毒こそしませんが、それは感染に対して認識が甘いということではないと僕は周りの方々を見て感じています。日本では押手で鍼体を触るのでその点からも特に注意をして手指消毒を行うのではないかと思います。

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