鍼灸師には想像力と創造力が必要

鍼灸師という仕事をしていると毎日様々な違ったコンディションの患者と出会うことになります。

 

 

言うまでもなくそれぞれの患者が、違ったバックグラウンド、そして違った環境の中で症状を持っています。

身体にもそれぞれ特徴があり、全く同じ身体を持つ人はこの世に一人もいません。

 

 

そんな患者を毎日診ていると、患者を既存の型にはめているだけではどうしても限界がきます。

なので結局はその患者一人一人に合った治療を構成する必要が出てくると思っています。

 

 

そう考えると一人一人に治療を構成しないといけない鍼灸師は

皆がクリエーターであるべきだと思います。

 

 

想像力と、創造力のない治療家は自分の本当の技術を生み出すことはいつまで経ってもできません。

 



 

 

セミナーの存在意義

 

何度か話している通り、僕は鍼灸師になってから現在まで海外に4年以上住んでいます。

 

 

海外にいるとよく起こる問題が、

他の治療家の日本鍼灸のスタイルにあまり触れる場がないということ。

 

 

 

海外の鍼灸師は、ほとんどが中国鍼灸のTCMをメインに行っている鍼灸師です。

TCMは基本的にまとまりがあり、治療家それぞれに違いはあれど日本鍼灸の種類の多さに比べるとその違いは小さなものです。

 

そのくらい日本鍼灸というのは種類が多く、それぞれが全く違った特徴を持っています。

 

 

なのでTCMは鍼灸師として基礎は習うので知っておかなければならないとしても、日本鍼灸を知ろうとすればどこかで個別に勉強する必要があります。

しかし海外にいると日本式鍼灸のセミナーに参加できることはかなり稀です。

 

 

そんな時にFacebookやSNSを覗くと日本では簡単にいろんなセミナーに行くことができて羨ましいなぁと思うことがあります。

 

 

でもその反面、海外にいて多くの勉強会やセミナーに参加できなかったからこそよかったと思うこともあります。

 

それは知らず知らずのうちに自分で考える癖がついたからです。

 

 

 

 

セミナーとはその先生の真似をするために行くものではありません。

技術の種をもらうためです。

 

 

 

もっと技術を伸ばそう!

もっと知識を増やそう!

と気合いをいれる人ほどいろんなセミナーや勉強会に積極的に参加しているかもしれません。

 

でもセミナーにたくさん参加したからって自分の技術が伸びるわけでは全くありません。

 

 

 

本当の自分の技術になるのは他の先生からもらった技術の種を

自分のスタイルに合う形に転換できた時です。

 

 

 

 

この世の中にはいろんな人がいて、得意なもの、不得意なものがあります。

 

 

鍼灸も同じです。

 

あるやり方でしっくりきて効果が出せた鍼灸師もいれば、

同じやり方を真似しても全く効果が出ないという鍼灸師もいます。

 

 

 

 

セミナーを持つことができる先生は、その技術が自分に合って、磨き続けてきた人です。

 

自分がどんなにその先生の技術をうまく真似しようとも、その技術は本来はその先生のものです。

 

 

もしくはその先生が先代から受け継いだ技術をそのまま用いている場合には、

それは先生の技術ですらなく、それを教えた先代のものです。

 

 

 

 

人から教わった知識や技術は全てがただの借り物です。

 

自分のものにするには、受け継ぐべき過去の知識を材料にし、

それを応用して自分のものに昇華させる必要があります。

 

 

 

セミナーとは技術を人から貰うものではなく、

自分の本当の技術を作るための過去の知識を集める、いわば材料集めです。

 

 

 

治療の法則とは個人が変えていくもの

 

自分の技術を作るために上で僕が書いたことを具体的に行動に移すと、

人から教わったものを自分の好きなようにいじって、元からある治療法を変えていく

というプロセスが必要になります。

 

 

 

自分で勝手に変えたら治療法の今までの歴史や伝統を壊す

治療には法則があって効くのだから個人がそれを壊したらダメだ

 

そう主張して教わったことに従順に従い、治療法を全く変えない鍼灸師も実際にいます。

 

 

その考えでは上で話した通り、想像力創造力が全くないため自分の技術に昇華させることは永遠にできません

 

 

 

 

元からある治療法を変えることとは、言い方を変えると

自分の今までの経験や、自分の持つ他の治療法則と合わせて新しい法則を作り出すということです。

 

 

適当に治療法を変えていたら危ないですが、

自分の正しいと思う方法があれば既存の治療法を変えることは間違いなく前進です。

 

結果的に思う効果が出なかったら、なぜ効果が出なかったかもう一度考えればいいだけです。

 

 

 

個人的には人から教わったことを疑いもせずにただただやっている方がよっぽど危険だと感じます。

 

 

一つの治療法や、流派を間違いのないものだと盲信してしまった時点で

その治療法の“信者”になってしまうことだけは覚えておいてください。

 

 

 

 

〜流や〜派という型にはまってしまえばそれは足枷になってしまいます。

 

流派を考え出した最初の人物がこの世を去った時から、

その流派の”完璧な形”というのは基本的には消えてしまうものです。

 

 

 

そもそも鍼灸には”正解”などない

 

鍼灸がどのような経緯で発展してきたかを考えると治療家とは本来どういったものか自ずと見えてきます。

 

 

東洋医学の概論であったり、

TCMの考え方であったり、

陰陽論や、五行論だったり、

鍼灸にはいろいろな考え方があります。

 

そしてそのどれも根拠はないものです。

 

 

 

現代医学のように科学的根拠に依存する形態であれば、科学的根拠がある以上、

正解と不正解を分けることは可能です。

(その”科学的根拠”がそもそも間違っていることがたくさんあるので、

“現代医学にも根拠はないもの”と思っていいと思いますが)

 

 

 

 

しかし、鍼灸はそもそもが根拠に依存ぜずに発展してきたものです。

 

人間とは何か。

生物とは何か。

自然とは何か。

地球とは何か。

自分とは何か。

このいずれも科学的に未だ答えが出ていないものです。

 

 

 

そのような根拠に縛られずに生まれるものが鍼灸、そして自然療法です。

 

だからこそ根拠に縛られた現代医学にはない魅力が隠れているんです。

 

 

 

その無限の可能性を自分で奪うのはやめましょう。

 

自分には自分に最も合う、未知の治療法が存在するはずなんです。

 

その未知を探求し続けることが治療家としての楽しみかもしれません。

 

 

 

終わりに

 

こう書いても人によってはやはり既存のやり方の方が良いと思う人もいるかもしれません。

 

もちろんそれはそれで治療家としての一つの道なので全然ありです。

 

結局はどんな治療法でも患者が満足であれば正解です。

 

 

 

 

でも覚えていてください。

 

経絡・経穴を発見した人。

鍼灸界に名を残している人。

新しい流派を創った人。

診察法を生み出した人。

 

そのほか全ての爪痕を残した鍼灸師が

既存のやり方を疑い、変えてきた人たちです。

 

想像力と創造力が無かった偉人はこの世界に一人もいないのです。

 

 

 

なので一度きりの人生、自分は死ぬまでしっかりと

二つのソウゾウリョクを使って生きていきたいと思っています。

 

 

 




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